クールボックスの中の魚
クールボックスの中の魚の目に映っているのは、冷たい氷と歪んだ四角い風景。初めて見た青い空に白いものが浮いているが、それが雲だということを魚は知らない。
魚の目はつり上げられたときに桟橋に叩き付けられ、ひどく傷めて血が浮かんでいる。逃げようと必死でもがいたが釣り針は外れず、魚は攩網で掬い上げられてしまった。
魚は考えた。このあとどうなるのか。
凍った水の欠片の中で冷やされて、自分はどこに運ばれるのか。
魚は自暴自棄な気分になったが、本当は水の中がそんなに好きでもなかった。特に何も考えていたわけではないが、人間がときどき空気の中にいるのがイヤになるように、魚も水の中にいるのがイヤになることがあるのだ。
こうして氷の中にいるのも、たまにはいいかもしれない。魚は面倒くさくなってそう考えてみる。
このまま意識が遠くなれば、何もかもとオサラバだ。
魚に弔いはない。
エビがタイに食われるのも、魚が人間に食われるのも同じことだ。
そう考えていたら、なんだか清々しい気分になってきた。